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電話機の歴史パート1

こんにちは~! やほ(^^)/ HELLO! スーさんです(●´ω`●)

 

 

ドッグランで犬と走っている女性のイラストなんか外がポカポカで気持ちいいな~ヽ(^o^)丿

 

お出かけしたいな~

 

ガマンガマン・・・。

 

皆さん、自粛してますか~?

 

 

そう言えば、暖かい日こそ冷たいドリンクをキューッと飲みたくなると思いますが、おなか壊しますよ!!!?
とだけ言っておきます。

 

毎年それでスーさんはおなかを壊します(゚Д゚;)

 

 

ゴールデンウィークには自粛生活だから実家への帰省ができない!なんて方も多かったと思います。

 

そんな時には電話で声を聞きたいものですよね(´▽`*)

 

いまだに母親の声を聞くと何だかホッとします。

 

今ではスマホで簡単に連絡や文章のやり取りができるようになりましたが、携帯電話ができる前はどのような感じだったのでしょう?

 

 

黒電話のイラストと、言うことで携帯電話ではなく「電話機の歴史」

 

 

日本で電話が生まれて150年 !? 黒電話や公衆電話など『電話の歴史』ということで!早速(´▽`*)

 

10月23日は、「電信電話記念日」1869年(明治2年)の10月23日に、東京~横浜間の電信線架設工事に着手したことにちなむ記念日だそうです。

 

となると、日本の電話の発端から数えて150年。
携帯電話やスマホでのコミュニケーションが当たり前になった現在、電話がどのように身近なものへと変わっていったのでしょうか? 初期の電話料金・ 黒電話のデザインの謎……    センス無いもんね・・・。

 

など、意外と知らない電話にまつわる歴史を調べてみました!

 

 

電話サービス開設当初の加入者はたったの197世帯!?

 

グラハム・ベルの似顔絵イラスト社会の教科書でやった記憶がありますが、グラハム・ベルが電話機を発明してから14年後の1890年(明治23年)に、日本初となる東京〜横浜間での電話サービスが開始しました。

 

明治23年といえば、第一回目となる衆議院の総選挙や帝国議会が開かれるなど、日本が近代化に向けて本格的に動き出した年となります!

 

当初の加入数は、東京で155世帯、横浜で42世帯のわずか197世帯だけでした!(゚Д゚;)

 

日本最古の電話帳「電話加入者人名表」には、省庁など政府関連施設から、銀行、新聞社、通信社、交換局など、1から順に番号と加入者名が並んでおり、住所などの記載はありませんでした。
ちなみに栄えある「1」番は、東京府庁(現在の都庁)。
渋沢栄一の似顔絵イラスト大隈重信の似顔絵イラスト中には個人名もいくつかあり、のちの内閣総理大臣となる大隈重信、「日本資本主義の父」と称される実業家の渋沢栄一といった歴史に名を残す人物名も名を連ね、当時の電話がいかに特別なものであったのかがわかります。
ちなみに【電話は2番】の文明堂さんはこの当時は2番ではありません!もう少ししてから赤坂局の2番が文明堂さんでした(^^♪

 

 

電話サービス開設当時は5分で約2,250円だった (゜-゜)

 

開局当時の明治30年頃、月額40円でした!  やっす~(∩´∀`)∩
なんて事はないですね! 当時の物価を現代に換算すると約3,800倍! つまり月額15万円!

 

東京市内(当時)の通話は月額料金を払えば無料だったのだが、東京から横浜の通話(市外電話)には、5分で15銭(現代に換算すると2,250円相当)だったそうです・・・。

 

スーさん払えません(+_+)

 

 

電話交換手の写真そして、今も昔も、電話の発信者と受信者をつなげるためには「交換機」が必要ですね!
現在では、コンピュータ化されたシステムの登場により発信者から受信者への接続は自動化されているものの、電話の開設の初期から自動交換機の登場以前は「交換手」を介し、手動で回線をつなげていたとの事。

 

電話するのに、電話して相手につなげてもらうんですね(´▽`*)ケラケラ

 

この時代の電話には、まだダイヤルやボタンはついていなかったんです!
電話をかけるには、まず電話機についているハンドルを回して「交換手」を呼び出し、つないでほしい電話番号を口頭で伝えて通話の申し込みをする。すると交換手が手動で交換機の線でつないで、通話が成立するというものだったそうです (´▽`*)ケラケラ チョー二度手間

 

ちなみにこの交換手の仕事、海外から輸入された最先端の職業だったことから人気の職種だったそうで、対応のやわらかさから女性が多く登用されたそうです。

 

 

公衆電話のイラスト一般家庭ではまだまだ普及に至らなかった電話ですが、庶民にも身近な存在となる切っ掛けになったのが、ナント!「公衆電話」の登場です(^O^)/

 

それまで電信局・電話局内といった電話所だけにしかなかった公衆電話が、街頭にも進出したのが1900年(明治33年)最初に設置されたのは上野・新橋の両駅構内の2カ所、屋外用の最初の公衆電話ボックスは、東京・京橋のたもとに建てられたんだそうです。

 

当時、公衆電話は「自働電話」と呼ばれていたそうで、これはアメリカの街頭電話に表示されていた「オートマティックテレホン」をそのまま直訳したからだそうです。

 

現在の公衆電話のように硬貨投入口はあるものの、5銭を入れたのか10銭を入れたのかは、内部にあるベルの音色で交換手が電話ごしに聞いた音で判断してたんですって!!! ありえないですよね(´▽`*)

 

電話って面白い(∩´∀`)∩

 

 

さてさて、疲れてきましたよね?
なので、パート1はこんな感じで終わろうかと思います!

5月病じゃないからな・・・・(-_-メ)

 

電話機についてパート2では先ず、「電話」マークの原型にもなった黒電話について話したいと思います。

 

 

ここで宣伝(^^♪

 

電話機の故障や買い替えなどで不要になった場合はお住まいの地域の行政機関にお問い合わせください! 粗大ごみとして回収してくれます。

 

でも、粗大ごみの手続きが面倒、やり方がわからないなどでお困りの方はこのサイトに載っている優秀な不用品回収業者に是非お問い合わせしてみてください!

 

 

それでは!  今回は以上!!!  スーさんでした~(●´ω`●)

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